食と認知機能の
お役立ち情報・コラム

COLUMN

食と認知機能の維持・改善の関係について
国内外の「疫学研究」から見えること①

国立長寿医療研究センター 老化疫学研究部 部長 大塚 礼

「食から認知機能について考える」上で、脳の機能に食事が影響するのかを科学的に確かめることは大変重要です。
脳は身体の機能をコントロールしたり、会話や思考といった知的な機能を発揮したり、喜怒哀楽や情緒といった精神的な機能を発揮したりと、日常生活で欠かすことのできない大切な機能を持っています。その脳が正常に機能するためには、ブドウ糖といったエネルギー源や、ビタミン、葉酸、カルシウム、亜鉛、脂質、アミノ酸などの栄養素が必要とされています。こうした栄養素の多くは毎日の食事を通して身体の中に取り込み、脳に供給しています。そのため、食事の内容が脳の機能に影響していることは確からしいと考えられています。
一方で、認知機能の低下や認知症の発症は非常に長い年月をかけて起こります。そのため、こうした脳の機能の変化に毎日の食事がどのように関わっているかどうかを短い期間で確かめることは困難です。
そこで注目されるのが「疫学研究」という研究方法です。「疫学」とは、ある限られた地域にお住いの方々を長期間観察することで、病気などの健康に関する事象の発生頻度やその要因などを明らかにする、医療にとって重要な学問です。
日本や世界の各地で疫学研究がおこなわれており、その中で認知機能の低下や認知症の発症に関係する要因として、日常的に摂取している食事の内容について検討している研究も数多く見受けられます。それらを紐解いていくと、「食から認知機能について考える」ことの科学的な意義が明らかになっていくのです。

これまでに行われた疫学研究から明らかになった、認知症を予防する食事の代表的なものに「地中海食」があります。地中海食とは、イタリアやギリシャ、スペインなどの南ヨーロッパ、チュニジアやエジプトなどの北アフリカの地中海沿岸の国や地域で食されている伝統的な食事様式を指します。他の地域に比較して魚介類や乳製品、果実、オリーブオイルなどから新鮮な旬の食材を多く取り入れ、畜肉や卵、加工食品が少ないという特徴があります(図1)。
認知症の予防に注目した疫学研究の中でこの地中海食を対象とした研究の論文数は世界的に見ても最も多く、認知症を予防する効果の科学的な根拠(エビデンス)も確からしいことが認められています。

図1. 地中海食 ※東京都健康長寿医療センター作成

しかし、日本人にとって地中海食はなじみのない食事様式で、日常的に取り入れることは難しいでしょう。そこで重要になるのが、日本人の一般的な食事様式が認知症の発症や予防にどのように影響しているか、という日本国内で行う疫学研究です。
日本人の一般的な食事、いわゆる「日本食」は、ご飯に汁物、魚や肉の主菜、野菜が主体の副菜で構成され、「油の摂取量が少ない」、「魚介類の摂取量が多い」、「塩分の摂取量が多い」という特徴があります(図2)。こうした食事様式は世界的にも珍しく、日本という限られた地域でしかない特殊なものと考えられています。そのため、脳を含む身体の健康状態に日本食がどのように影響するかを確かめるための研究は日本でしか行えず、これまで行われた研究の数もまだ少なく、エビデンスもまだ十分ではない領域と考えられます。

図2. 日本食(日本人の一般的な食事) ※東京都健康長寿医療センター作成

これまでに国内で認知機能と栄養の関係について検討した疫学調査はいくつか報告されていますが、その代表となるのが久山町研究です。この研究は福岡大学が中心となって福岡県久我山町(人口約8,400人)の地域住民を対象に、50年以上の長期にわたり認知症を含む生活習慣病の疫学調査を行っています。認知症の発症と食事の関係も検討されており、予防に効果的な食事として、「豆類・大豆製品」、「野菜」、「海藻類」、「乳・乳製品」を多く含み、「米などの穀物類」は控えめ、といった特徴が報告されています。1) また、東北大学の行っている大崎国保コホート研究では、先に紹介した日本食の典型的なパターンを守っているほど認知症発症リスクか低い、という報告がなされています。2)
このように、日本人を対象とした疫学研究で日本食と認知症リスクの検討はいくつか行われていますが、さらなるエビデンスの集積のためにも疫学研究を重ねていくことが重要です。そこで、私の所属している国立長寿医療研究センターでも長期にわたる疫学研究を行っています。
次回は、その研究からわかってきたことを中心に「食と認知機能の関係」について紹介させていただきます。

【参考文献】
1) Ozawa M, et al. Am J Clin Nutr. 2013 May; 97(5): 1076-1082. [PMID: 23553168]
2) Lu Y, et al. Clin Nutr. 2021 May 1; 40(5): 3495-3502. [PMID: 33342602]